日記

見送られる人、見送る人。寂しいのは、どっちだと思う?

 

昨年、母がなくなって二回目のお盆を迎える。

 

この時期になると、学生の頃の夏休みを思い出す。

 

私が小学5年の夏休み。両親は離婚した。

母は、祖母がいる奄美大島へ引っ越し、離島のため、簡単には会えない距離になる。

 

毎年夏休みになると、弟と二人で飛行機に乗り

奄美大島へ1〜2週間母の元へ遊びに行っていた。

 

弟が小学生を卒業するまでは、父が搭乗口まで送ってくれていて

私はそんな父に見送られるだけで、泣いていて、

その頃の弟には、私が泣く意味が理解できず、いつも私をバカにしていた。

 

 

 

「見送られる人、見送る人。寂しいのは、どっちだと思う?」

 

母が良く言っていた言葉。

 

夏休み、母と過ごせる限られた時間は長くて2週間。

母に会える嬉しさの反面、「別れ」の寂しさも常につきまとい

とても切ない夏休みを、毎年毎年繰り返していた。

 

母と過ごす最終日、空港で母に見送られる。

私は、空港に向かう車に乗った時点から、泣き始める。

 

「見送られる人、見送る人。寂しいのは、どっちだと思う?」

 

中学までは、見送られる人が寂しいと思っていた。

飛行機の中から見る、空港の送迎デッキから手を降る母が小さくなっていく。

とても辛かった。

 

あれから、いろいろな形で何度も出会いと別れを繰り返し、涙を流し、

私の中で確信しているのは、

 

見送る人の方が、圧倒的に寂しい。

 

見送られる方は、「行き先」という目的がある。

そこへ向かって進んでいく。

別れの時は辛くても、「行き先」に着く頃には忘れている。

 

見送る方は、見送った後も、その人のことをしばらく引きずる。

それが寂しい。

 

この、見送る人と見送られる人の寂しさは

「永遠の別れ」でも同じことが言える。

 

昨年、母と最期の別れ。

母は、旅立った。

 

今思えば、普段の別れと、最期の別れって

案外、たいしてかわらない。

 

最期の別れの方が、一生の別れなんだから、

同じな訳ないでしょ!

 

という人もいるかもしれないが。

 

人の死なんて、残された者は寂しさでいっぱいだけど

見送られた方は、「行き先」に向かって行く。

 

死んだことがないから、なんとも言えないが

死に際って、寂しいけど

「じゃあ、またね。あとは、よろしくね」というシンプルな想いだけなんじゃないか?と思う。

 

人の死は、永遠の別れのようだが

どこか遠くに旅立っていて、生きている気がするような感覚。

 

また会える日まで、命を全うするのみ。

 

 

 

Dear mom,Love you.

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