2018
28
Jun

雑記

小学5年から中学3年まで光GENJIを学校で使い倒す

 

以前からダマリはブログに書いているが

小学5年から、高校1年まで、光GENJIの大ファンだった。

田舎もんだったため、コンサートには一度も行ったことはない。

 

が、離婚して離れて暮らしてた母が

光GENJIのカセットテープ(のちにCD)、ビデオテープを購入して送ってくれていたため

常に光GENJIの波に乗っていた。

 

そんなダマリは、学校にまで光GENJIを導入し

先生たちを困惑させていた。

 

 

●小学5年

アイドル雑誌の「平凡」「明星」などの付録だった歌詞ブック。

光GENJIのデビュー曲である「STAR LIGHT」の歌詞の英語の意味を知りたくて

担任の先生に、聞いていた。「勉強もそのくらい真剣になってくれ」と言われた始末。

 

先生は、そんなダマリを見兼ねてか、

国語のテストでこんな漢字の問題を出してくれた。

 

問1 あの人は、諸星和己に(に)ている。

 

この問題を出してくれた先生の気持ちがとても嬉しかった。

 

図工の作品も、全て光GENJIモチーフで作成し

次から次に、光GENJI作品が増えていった。

 

クリスマス会の出し物も、クラスの発表会も、全て光GENJI。

もちろん、自分たちで7人のグループを作り、休み時間にはダンスの練習。

 

光GENJIが一度だけ鹿児島にコンサートにきたことがあり、

空港に光GENJIがくる!という情報が飛び込んできた。

空港は、走って5分位の場所にあるため、近所の仲間を集めて走って見に行った。

が、結局会えなかったけど………。

 

雑誌の切り抜きをスクラップして、みんなに見せていた。

「そんなものは持ってくるな」と先生に言われていたけど、続けていた。

最終的に30冊くらいになった。

 

 

●小学6年

小学5年の時の担任が引き続き担任となり、

家庭訪問で、ダマリのポスターだらけの部屋を見た先生は絶句。

「ちょっと減らした方がいいんじゃないか?」と言われたっけ。

 

そして卒業式。

光GENJIの名曲の中に「Graduation」という卒業の曲があり

これをどうしても、卒業式に流してほしい!!!と担任の先生にお願いした。

最初は断られたけど、結局、卒業生退場の曲に「Graduation」が流れ、ダマリは大号泣。

体育館出口に、担任の先生が立っていて、ニコニコしていた。ありがとう先生。

 

 

●中学1年〜中学3年

ダマリの頭の中は、とにかく光GENJI一色で、

小学5年ごろから描き続けていたマンガには、光GENJIのキャラしか登場しなくなった。

 

光GENJIファンを次から次へと増やし、

ダマリ家でビデオの上映会をよく行なっていた。

みんなでキャーキャー言って楽しんでいた。

 

そして何より、中学3年の体育祭で、中学の女子全校生徒で創作ダンスをするのだが

その創作ダンスのリーダーとなり、光GENJIの曲を採用。

おまけに、中学3年の応援団長となり、応援合戦の曲にも光GENJIの曲を採用という

今思えば、どこまで光GENJIを学校で使い倒すんだ!?という勢いだった。

 

音楽の先生にも光GENJIを聞かせ、「ボーイソプラノが綺麗だねぇ」と言われ

自分のことのように嬉しかった事を思い出すw

 

そして、もちろん中学の卒業式にも光GENJIの曲を使用。

卒業生退場の曲には採用してもらえなかったが、式の間に流す曲に紛れ込ませた。

 

 

今現在、ダマリ41歳。

あれから30年も月日が流れているけど、相変わらず光GENJIをBGMにして仕事をしたりする。

そして、1曲1曲に思い出があり、仲間のこと、先生のこと、

学校で過ごした日々を思い出しては心が穏やかになる。

 

いつかTVで7人が揃って登場することを願って。