日記

神と皇室、神と王室

ある日、インドの神様についてググッていると、日本の古事記が記事に上がってきて、読んでいるうちにグイグイ引き込まれた。

ダマリが育った町には、「天津日高彦火火出見尊」の陵所がある。このお方は、初代・神武天皇の祖父。古事記でいうと「山幸彦」。天照大御神の孫であるニニギの息子にあたる。

小学生の頃、長い名前を覚えさせられ、説明を受けても「神様」の話だから、この世に存在しないものだと認識し、ファンタジーのように捉えていた。

日本は神々が作り、その子孫である皇室は、神に近い存在として扱われてきた。ダマリの祖父母世代は、昭和天皇皇后様の写真を仏壇に掲げ、神様のように崇めてきた。

皇位継承時には、天照大御神が孫のニニギに授けた「三種の神器」も同時に継承する。天皇になると同時に「神」の存在となる。この儀式と重なるのが王室の戴冠式だ。

最近ダマリが観ているイギリス王女エリザベス2世の治世を描いたドラマ「THE CROWN」。この中で、エリザベス女王が国王になる戴冠式のシーンがある。キリスト教国では、高僧が新君主の頭に聖油を注ぎ、神への奉仕を誓わせる儀式が主体となるため、戴冠式は教会(イギリスはウェストミンスター寺院)で行われる。

カンタベリー大主教が祈祷し、エリザベス女王の頭と胸、両手のてのひらに聖油を注ぐ。このシーンは真に迫るものがあった。普通のかわいらしい25歳のプリンセスが、儀式がどんどん進行すると同時に凄みを持ち始める。

女王は絹の法衣をまとい、宝剣と王笏、王杖、指輪、手袋などを授けられ、大主教の手により王冠をかぶせられる。この瞬間に、新の国王が誕生し同時に「神」の存在となる。単なる「ひと」ではなくなるわけだ。

ドラマの中では、普通の「ひと」であるエリザベスと「国王」であるエリザベスが葛藤するシーンが度々描かれてる。日本の天皇も同じように葛藤されているのだろうか。と考えさせられる。

神と皇室、神と王室。これからも楽しみだ。
God and the Imperial family, God and the Royal family. I’m looking forward to it.

2003年 バッキンガム宮殿にて

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