日記

空港がある町で育ってきたダマリ。そして子育てへ。

鹿児島空港の背景には雄大な霧島連山 ダマリは、2歳から21歳まで鹿児島空港が目の前にある町で育った。空港は、この町に住む人々にとって生活に根付いた一部だ。そして今は、息子1歳半を絶賛子育て中。毎日飛行機を身近で見せることができて嬉しい。 子どもの頃、空港は身近な遊び場で空港で働く友達の親も多かったので従業員エリアもよく行き来していた。  スケッチ大会の時は空港の屋上に行って飛行機を描いた。社会科見学で飛行機のコックピット内を見学したりした。小学3年の時、転校してきたQちゃんのお父さんが管制塔で働いていて中を見せてもらったこともある。 ダマリ父も、空港の搭乗口でガードマンをしていたり離婚後は、空港の飲食店で働いていてお店に友達とパフェを食べに行ったりした。 ©︎ダマリ父 小学5年の時、光GENJIが来る!という情報が入り夕方遅くに、友人達と走って空港に行ったことがある。結局見れなかったけどw空港内の郵便局から光GENJIに手作りチョコを送ったこともあったっけw デザイン学校に通っていた頃は空港の飲食店でバイトをし画材を買うお金にまわしていた。バイトの休憩時間には、空港の屋上で飛行機をスケッチしたり、見送りの人々を眺めるのが好きだった。 母は美容室を営んでいて空港で働く綺麗どころのお姉さん達がお客さんで沢山きていた。お姉さん達が空港のスイーツをよく持ってきてくれて中でも「レアチーズケーキ」は絶品だった。 鹿児島空港内にある「ソラステージ」航空展示室にて よく周りから「飛行機、うるさくない?」と言われるけど、うるさいと感じたことは一度もない。耳をすませば、いつでも飛行機の離発着音。 この町には、飛行機を間近で見られるスポットがある。カメラ小僧の父は昔から撮影を楽しんでいる。中学の頃、茶摘みをしながら飛行機のお腹を数十メートル先に見れた時は感動した。 ©︎ダマリ父 息子は空を飛ぶ飛行機を見つけるたびに「おぉ〜〜〜〜〜〜!」と指をさし大喜び。「バイバイ」と手を振るようになった。もうしばらくしたら、空港の屋上や展示室に連れて行って沢山飛行機をみせてあげよう。 飛行機を沢山息子に見せて国際パイロットになってくれたらいいのだけど(^3^)いつでも上を向いて世界に羽ばたく男になれよ〜! 

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