ダマリ紀行

[ブラジル_リオデジャネイロ]母の思い出を辿る旅

コパカバーナ海岸

ダマリの両親はブラジルのサンパウロで出会った。幼い頃からブラジルの話を聞いていて、いつも思いを馳せていた。ダマリが世界放浪の旅へ出るときに「リオのコパカバーナのエビが美味しかったのよ」と母から話を聞いていて、コパカバーナではエビを食べるぞ!と密かな目標を立てていた。

アルゼンチンから陸路沿いにバスで国境を越え、ブラジルに入国した。そのまま従兄弟や親戚が住んでいるサンパウロへ行っても良かったが、その前にリオデジャネイロを訪ねることにした。

リオデジャネイロは良いところだった。様々なビーチが続き、観光地となっていた。しかしその反面、海側の反対の山沿いを見上げると家がひしめくファベーラ(ブラジルにおいてスラムや貧民街を指す言葉)地区も見える。母はファベーラで銃弾を横目にしたことがあると言っていた。

ボタフォゴ海岸

ダマリは宿から、徒歩で海岸沿いを歩くことにした。ボタフォゴ→コパカバーナ→イパネマ。徒歩で5kmほど。海というのは開放的で、そして地平線の向こうには異国があるかと思うととてもロマンが溢れる。ブラジルの海岸には、点々と必ずオープンカフェがあり、休憩しようと思えばいつだって休憩できた。

コパカバーナの海沿いで、母が言っていたエビを食べようとオープンカフェに座る。えび、ケソ(焼きチーズ)そして、カイピリーニャ。密かな目標の達成感にひたっていると、ストリートミュージシャン3人組がやってきた。いつもなら、チップを払うのが面倒くさくて断るけど、その時は気分が最高潮だったので「イパネマの娘」をリクエストし、音楽に酔いしれた。

カイピリーニャ

その後に向かったイパネマ海岸。一人で感動しまくっていた。イパネマ海岸は、他の海岸と違って風景が独特だ。曲になっただけのことはある。ダマリはイパネマの公衆電話から、サンパウロの従兄弟に電話してバスで何日の何時に到着すると伝えた。

イパネマ海岸

リオデジャネイロの日々は、まるで白昼夢のような日々だった。

    Amazon Kindleリリース中

    名刺は、相手とコミュケーションを図るための重要なツールであり、自分自身の分身となる重要なブランド資産です。 そこに意識がない名刺というのは「ただの紙切れ」になってしまうのは当然のことです。
     小さな1枚の名刺づくりに真剣に向き合うことで、名刺に愛着がわき、名刺交換の際は今までと違う感覚になるかと思います。 この本を機に、あなたの名刺が磨かれ、仕事につながる名刺づくりのお手伝いができたらと願っております。

    コメント

    この記事へのコメントはありません。

    PAGE TOP